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澤見彰の新作は……お江戸手習ラブコメディ! [小説/作家]

そこにいるような気になるかも知れないが
読んだような気になるわけが無い解説

らいとすたっふ小説塾からプロデビューを遂げ、多くの作品を
世に送り出してきた澤見彰<さわみ・あき>の新作
はなたちばな亭らぷそでぃ」が、連載を開始しております。
らいと所属作家では始めて? の携帯小説ですよ。


では、「はなたちばな亭らぷそでぃ」の舞台となる時ところに
ついてちょっとだけご説明します。


時は文化年間、徳川家斉公の御代。
太平の世が経済・文化を大きく発展させた時期でありました。

それまで一部地域に限定されていた商品作物がひろく作られる
ようになり、特に綿花や養蚕に関しては、全国的といってよい
くらいに伝播しました。
また関東近縁で、現代に伝わる手工業・特産品が次々と生まれ
出てきたのもこの時期です。川口の鋳物、野田の醤油などが
有名です。

商品を生産すれば、これを集め、消費地に運び、売りさばく必要が
出てきます。生産地で、中継地で、そして消費地でそれぞれ
仲立ちをする商人が現れると、彼らの“共通言語”としての貨幣が
地方でも普遍性を帯びます。これにより貨幣中心の経済が、地方
まで浸透したのです。

さて、お金を持つようになると、使い道をさがし始めるのは
どこでも同じこと。町人たちの間では、貸本やかわら版を読み、
寺社へ参詣し、名所を探しては遊山して廻るなど、文化活動へ
お金を使うことが大いに流行しました。
さらに富裕な者は、役者や文人、画家たちのパトロンとなるなど、
「発信する側」として振る舞い、彼らの活動をさらに盛り上げて
いたとか。
これがいわゆる「化政文化」のはしりとなり、町人文化は元禄期と
並ぶ、隆盛の時代を迎えることとなりました……。

そして。
こうした文化活動の一端として、町人たちはこぞって子弟の
教育に熱を上げました。これも、現代となんら変わりないところ
ですね。上方(近畿)では今も馴染み深い「寺子屋」、そして
江戸を含む関東では「手習指南所」や「手習」と呼ばれる教室が
今の学習塾のごとくに、沢山現れたといいます。


さあ、ようやく話が繋がった(笑)
お江戸は神田蝋燭町、その名の通り蝋燭を商う店の軒の中、
橘屋<たちばなや>の離れで手習の師匠をいとなむ「お久<ひさ>」が
このお話の主人公。
女だてらに手習の師匠を始めるなど、いったいどんなわけがあろ
うか……それは読んでのお楽しみ。

澤見彰がお送りする「はなたちばな亭らぷそでぃ」は、Web kadokawa
携帯小説サイト「Sari-Sari<サリサリ>」にて、絶賛連載中!
更新は毎週火曜・金曜です。お見逃し無く!

sariQR.jpg<小説屋Sari-Sari>


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